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東京地方裁判所 昭和38年(ヨ)2136号 判決

申請人

福永正明

ほか三名

右四名訴訟代理人弁護士

中村洋二郎

井上文男

被申請人

株式会社京王自動車練習所

右代表者代表取締役

牧谷嘉明

右訴訟代理人弁護士

馬場東作

福井忠孝

主文

一、申請人らが被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位を仮りに定める。

二、被申請人は申請人らに対しそれぞれ別紙債権表(一)記載の金員ならびに昭和三八年七月以降本案判決確定に至るまで毎月二七日限り同(二)記載の金員を支払え。

三、申請費用は被申請人らの負担とする。

事   実≪省略≫

理由

一、会社が自動車練習所の経営を目的とする株式会社であり、申請人らが会社に雇用され解雇当時指導班長の職にあつたこと、会社が申請人らに対し昭和三八年六月三〇日付で解雇の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

二、そこで右解雇の意思表示の効力について判断する。

<疎明―省略>を総合すると次の事実が認められる。

昭和三三年一〇月頃会社に班長制度が設けられ、班長は職制として班員の指導育成等に当ることとなつた。昭和三五年給与制度に関し、指導班長らから会社に対し給与体系改訂の要望がなされたが、具体的な話はなく、その後昭和三七年春頃再び指導班長らの間に給与体系が問題として取り上げられ、職制たる班長に班員と同様の歩合給をたてまえとする乗車手当が支給されるのは相当でないという理由で会社に対し職制として給与体系を確立して欲しい旨の要求がなされたが、その際も何ら具体的な成果は得られなかつた。翌三八年五月二〇日京王自動車練習所労働組合(職制たる班長は加入していない。)と会社間のいわゆる春斗の団体交渉が妥結した直後、指導班長らは会社自動車練習所の所長中山直に対し、前年も問題となつた給与体系改訂について善処して欲しい旨を要請した。中山所長は翌二一日班長会議を招集して班長ら年来の要望である給与体系改訂についてはできる限り努力する旨約したが、会社社長牧谷嘉明の経営する親会社に当る太陽自動車株式会社において種々検討したところ、同会社の傍系の白鬚自動車練習所における給与体系との関連があるばかりでなく、一旦乗車手当を撤廃し、職制の給与体系として制度化してしまうと班長中には乗車しない者も出るおそれがあるので即時改訂することは困難であるとの結論しか得られなかつたので、同月二三日中山所長からその旨指導班長らに伝えるとともに、なお改訂につき再度上申はするが班長らの間においても十分話合うように告げた。ところが翌二四日会社側が指導班長らと話合いを始めたところ、申請人らほか石森治郎、岸正博、井上武斉藤一男、広田一広の九名班長全員は、「現在の職制機構における班長制度については非常な矛盾と憤りを禁じえない、現状のままでは会社発展のため寄与することができないから、班長を辞任し立場を替えて会社発展のために若い情熱を捧げたい」旨を記載した辞任届と題する連名の書面を提出してきた(右書面提出の点は争いがない)。そこで会社側は職制として交渉する場合にはかような書類を提出すべきではなく、あくまでも話合つて行くのが至当ではないかと再考を促すとともに前記改訂の困難な事情を説明したが、班長らは、そういうことでは会社は班長を信用していないのであるからわれわれは辞任するほかない。たとえ一〇〇万円の給料でも断わるなどの言辞を述べるだけで、話は何らの進展も見なかつた。中山所長は翌二五日前記辞任届を社長に伝達するとともにその間の事情を報告し、二六日には前記太陽自動車の課長であり、かつ会社の労務担当をも兼ねている秋山新一が班長らに対し、班長の給与中に乗車手当の項目があつても給与体系として矛盾はなく、かえつてこれを廃止すれば指導員との間に溝を作ることにもなる、また社長は班長を信頼しないと言つているのではなく、制度の問題だから慎重に考慮したいと言つているにすぎないのであるから、この際辞任届は撤回するようにと勧告した。前記班長らのうち石森、岸、井上の三名は即日右勧告に応じて撤回届を提出し、その他の班長に対して会社側が更に撤回方の説得を続けた結果、三〇日に至り同じく斉藤、広田の両名は撤回に応じたが、申請人ら四名は遂に撤回しなかつた。それで、会社は即日申請人ら四名に対し命令違反の理由によつて、退職を求め、以後申請人らを就労させず、辞任届保留の申出にも応ぜず、六月二六日に至り懲戒解雇の通知を発するに至つたものである。

三、被申請人は、申請人らが前記認定のように辞任届を提出し、その撤回要求に応じなかつたことは業務命令違反となる旨主張するが、<疎明―省略>を総合すれば、かねて申請人ら指導班長は、班長の給与体系が班員すなわち組合員たる指導員のそれと同一であるため、職制として班員の指導掌握の実をあげることも困難で、このような会社と組合の板ばさみに立たされる班長制度に矛盾を感じ、給与体系を職制給に改訂するようたびたび上申し、所長もその都度班長らの意見は十分上司に伝えておくと言つていた。昭和三七年末頃所長からいよいよ次期から班長の給与体系が改訂されそうだと言われ、次いで前記昭和三八年春斗の団体交渉が行われていた当時山崎次長から所長の骨折りで給与体系改訂も実現されそうだと聞き、また前記五月二一日の班長会議においても所長から「こんどこそ何とかなるので私にまかせてくれ」と言われたので、申請人らは所長に折角努力して貰いたい旨要望し、その成果を期待していた。ところが、前記認定のとおり二三日になつて給与体系改訂は全面的に実行されないことを告げられたので、申請人らは交渉推進の手段として前記辞任届を所長に提出し、その際まず給与体系の改訂につき本社側の再考を求め話合いの機をつかむことが目的であるから、必ずしも辞任を固執するものではなく、辞任届は所長の判断によつて右目的に応ず適宜処置されたい旨希望した事実が認められる。果してそうだとすれば、辞任届を提出した指導班長らの真の意図は、前記のとおり給与体系改訂に関する情勢の急変におどろき、強硬な態度に出ることにより、所長を通じてする改訂についての交渉を強力に推進するにあたつたのであつて、班長辞任の申立は給与条件に関する労使交渉の場における一個の斗争手段としてなされたものであることが明らかであるから、改訂交渉に入ろうとするに際して辞任届を提出したことはもとより、未だ十分に交渉が重ねられたとは言えない段階において、申請人らがにわかに会社の辞任撤回の要求に応じなかつたことをもつて平常の職場における上長の指示命令に対する不服従と同視し、業務命令に違反したとして問責することは、失当である。前認定の申請人らの言動をもつて著しく会社の秩序を乱す行為とは認め難く、他に申請人らが班長としての業務を現実に拒否したとか、会社の業務を妨害した等の事実を認めるべき疎明はない。

以上認定の経緯に徴すれば、本件解雇の意思表示は何ら首肯するに足る合理的な理由がなく、班長らの給与改訂要求を抑圧するため性急になされたものと認められるから、解雇権の濫用として無効といわなければならない。

四、そこで仮処分の必要性について考えるに、本件解雇は前記のとおり一応無効であるから、申請人らは依然会社の従業員たる地位を有するものというべく、かつ弁論の全趣旨によれば申請人らは会社から受ける給与を唯一の生活の資としていることが明らかで、他に収入を得ていることを認めるべき疎明はないから、同人らは本案訴訟によつて救済を受けるまでの間なんら雇用契約上の権利を有しないものとして取扱われることにより生活に窮し回復し難い損害を被るおそれがあると言える。しかして申請人らの賃金に関する主張事実は当事者間に争いがないから、主文記載のとおり仮りの地位を定め、かつ金銭の支払を命ずるのが相当である。

五、よつて本件申請は理由があるからこれを認容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(裁判長裁判官橘喬 裁判官吉田良正 三枝信義)

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